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海外留学助成 循環器領域
留学紀行文

赤尾 昌治

1999年受賞者
留学からの10年を回顧して

独立行政法人国立病院機構 京都医療センター 循環器科
医長・診療科長 赤尾 昌治

出発早々から、高鳴る興奮と期待とともに関西空港を飛び立った機内で急病人が出て、太平洋上空をとんぼ返りして成田に戻り、1日遅れでようやくの思いでボルチモアに到着したと思ったら荷物が紛失、という波乱の幕開けとなった私の留学初日から、はや10年が経過しました。米国で過ごした3年半の歳月ははるか彼方に過ぎ、数々の出来事は純化されて他と比べようのない美しき思い出と昇華しました。この10年を回顧し、感慨に耽るしかありませんが、我が人生の中でも特別の輝きを放つ時であったことは間違いありません。

私の留学先は米国東海岸メリーランド州ボルチモア市のJohns Hopkins Medical Institution(JHMI)です。JHMIは、全国紙であるUS News & World Reportが毎年発表する病院ランキングで、1991年から総合部門1位を守り続け(その選考基準には疑問符が付されているものの)、全米医学界をリードする存在の一つです。世界中からVIP患者が集まり、また研究費も文字通り桁違いで、あちこちに次々とビルが建ち、私の滞在した3年半の間にも構内の眺めは一変しました。私の所属した研究室は、世界各国から集ったポスドク20名近くをかかえる大所帯で、多くのプロジェクトが同時進行していました。自分自身は虚血心筋保護をテーマに研究を行っていましたが、ちょうどES細胞が樹立されて再生医療が大きな研究テーマとなろうとしていた時期になります。そうした中、野心に燃えた研究者も世界中から引き寄せられ、激しいサバイバルを繰り広げながら淘汰されていく、そのダイナミズムに最先端研究の厳しさ、残酷さを垣間見ることにもなりました。

帰国してからは京都大学循環器内科で研究継続の機会を与えて頂き、いっぽうで大学の病棟医長という役割を与えられて診療と研究の両立の狭間で自分自身も悩みながら、今年から現所属に着任することとなりました。あの留学の幕開けから丁度10年、その年に自分にとって重要な区切りを迎えたことは感慨深いものがあります。健康に大きな不安なく幸福に過ごすことができ、また帰国間際に授かった双子が今年7歳の誕生日を元気に迎えたこともこの上ない喜びです。今も、年一度の学会で留学時代の旧友に再会することが大きな楽しみの一つです。

人生の一時期、こうした得難い体験をすることができた幸運に感謝し、BANYU FELLOWSHIP PROGRAMが今後ますます発展して、後に続く世代にも貴重な機会を提供してくださることを切に願っています。

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