留学体験記

  • 福井大学医学部耳鼻咽喉科学教室 鼻科学
  • 坂下 雅文
  • 留 学 先:Northwestern University Allergy and Immunology department, Chicago, USA
  • 留学期間:2013年~2015年(2年間)
【留学を決めた理由】
 国外の研究レベルを肌で感じたかったからです。

【留学して良かったこと】
 西洋のサイエンスに対する姿勢を学ぶことができたことです。基本的にはコミュニケーションを大切にしているということを学ぶことができました。とにかくよく勉強し、とにかく言葉にしてディスカッションをしました。みんなが知っていると思っていることでも、簡単にサマライズして言葉に出すことで自分の言葉に磨きをかけて言葉の持つ力を高めているのだと感じました。

【留学して苦しかったこと】
 研究の面でいうと、上記の西洋のサイエンスでのたしなみと言えるコミュニケーションが取れないことに苦しみました。まず自分の持っている知識が少ない、と自覚することで引っ込み思案になりがちです。また、簡潔に、目的や手法、見通しなどを伝えることができず、自分のやっていることがクリアになっていないと気付きへこんでしまうことが多々ありました。それは英語が不十分という理由以上につらい事実でした。
 自分が好きで渡航しているのだから、研究の面で苦しいのは仕方ないのですが、一緒についてきてくれた家族が慣れない生活でもがいている期間はとてもつらい思いをしました。支えて共に歩んでいくしかありません。

【留学を通して学んだこと】
 人間関係は洋の東西を問わずとても重要で、人を成長させることがあります。
 率直に人と接し、簡潔に仕事をまとめることが大切です。(まだまだ足りないことを自覚しました)
海外では家族との時間をとても大切にするということを肌で実感しました。それがあるから仕事もがんばれるんだよ、ということを聞いて自分の働き方に疑問を投げかけることにもなりました。

【後輩達へのメッセージ】
 留学は今現在の自分を一回りも二回りも大きくする機会です。行ってみようと思ったら、その気持ちを信じていってみるべきだと思います。

≪マラソン、研究、そのトレーニングから得られるもの≫

 留学したいという希望の本音は、昔から西洋の映画や音楽に強いあこがれを抱いていたことがもとになっていました。医師という職業は研究をすることで西洋にも行くことができるのだと聞かされ、ぼんやりと遠い目標でしたが、それに向けて日々の臨床や研究を積み重ねていったのだと思います。市中病院での慢性副鼻腔炎に関する疫学調査、大学病院でのアレルギー性鼻炎外来、大学院でのスギ花粉症に関する遺伝子多型研究、その後の好酸球性副鼻腔炎の全国スタディ、と幸いにして鼻関係の仕事を続けてくることができ、基礎研究を学ぶという部分と留学を合わせて勉強できる機会を得ることができました。やってきたことがあれば、もう一歩先をやってみたいという欲が出たのでしょう。機は熟して留学に至りました。そこで感じたことの一つに、西洋文化の会話によるコミュニケーションは知識を積み重ねていくためにとても有用であるということでした。少し長いですが、私の体験を記します。

 留学中に、米国シカゴの名物シカゴマラソンに参加しました。毎年4万人が参加する大きなもので、東京マラソンを含む世界6つのワールドマラソンメジャーズの一つだそうです。シカゴ中心部の高層ビル群の中から、緑豊かなリン カーンパークを抜けてギリシャ人街、ポーランド人街、メキシコ人街、チャイナタウンと多国籍な人種を受け入れてきた歴史も感じながらスタート地点のグラントパークに戻る全26.2マイルの行程です。
 iPS細胞の山中伸弥先生も留学中マラソンに目覚めたということから、少し真似事をしてみようと思ったのがきっかけでした。何とかコース閉鎖制限時間の6時間半に間に合うことを目標にして達成することができましたが、今でも 思い出すのは、沿道の切れ目ない声援です。あれがなかったら走り切れなかったと思います。完走はしたもののフルマラソンは過酷なものと知りました。走るという行為がどれほど体に負担なのかということを思い知りました。6時間以上という時間歩いたこともないのに、走るのです。今後は、ひとつの反省が解消されない限りフルマラソンは走らないでしょう。素晴らしい経験でしたが、大きなフラストレーションが残りました。それは、練習不足です。マラソン初心者は足を作るためにゆっくり、長時間走る練習が必要なのですが、大会前の3カ月間は実験、育児手伝いのためにその時間は優先順位から外しました。マラソンで一番困難なのは本番ではなく、練習時間をとることだとテキストに書いてあります。そのためには自分の生活を見直して時間を作り出すことがまず必要なのです。本当はマラソンを通してやりたかったのは、練習を通して少しずつ自分の限界を伸ばしていき、本番への備えをして完走する、そんな成功体験を一つ増やしたいということでした。それにより、これまでの研究への取り組み方を改善し、研究留学が 成功することにも良いのではないかと考えていました。

 米国ではマラソン初心者はランニングチームに入ってフィジカル、メンタルのトレーニングをしながらやることが珍しくないようです。特別な身体能力が必要なのではありません。目標を立て、自分の能力に合ったステップでゴールを目指す、その間適切なアドバイスを受けてフィニッシュまで着実にトレーニングを遂行するのです。実は、同じ感覚を留学中の研究ミーティングで感じました。自分のプロジェクトの進捗を定期的に報告しますが、その際にディスカッションしたことひとつひとつが建設的で、論文の考察欄の一段落になるといってもいいものでした。何度かのミーティングを経て学会発表や論文になっていきます。ひとつの成果を形にすることがこんなにスムーズな流れであることに驚きました。沿道の声援ではないですが、やっていることを肯定的に後押ししてくれるという態度はとても好きなものでした。

 こうした留学の中で幸いいくつかの結果が出て、現在論文作成中です。論文や結果はもちろんですが、プロセスの重要性、コミュニケーションの大切さを実感したことは私の宝物です。今後の日本での研究にどう生かせるか、帰国後の今試行錯誤しています。こういった何らかの得難い経験をつかむことができるよう祈っています。
 がんばって下さい!