留学体験記

  • 九州大学循環器病未来医療研究センター 循環器内科学、血管生物学
  • 古賀 純一郎
  • 留 学 先:ブリガムアンドウィメンズ病院、ハーバードメディカルスクール、ボストン・アメリカ
  • 留学期間:2011年~2014年(3年間)
 私は2011年5月から2014年3月まで万有財団からのサポートの下、ボストンのブリガムアンドウィメンズ病院(BWH)循環器科に留学させて頂きました。BWHはハーバードメディカルスクールの教育関連病院であり、ダナファーバー癌研究所やベスイスラエル・ディーコネスメディカルセンター、ボストン小児病院等とともにボストン西部のロングウッドメディカルエリアに位置します。私が留学したBWH循環器科、相川眞範先生の研究室も同エリア内、ハーバードメディカルスクールのNew Research Building内にあり、ボストン中心部が一望できます。

 私は米国に留学すること自体は周囲に留学経験者が多かったこともあり大学院に入る前から考えていました。大学院時代は主にマウスを用い、アンジオテンシンⅡや血管内皮成長因子(VEGF: vascular endothelial growth factor)による動脈硬化促進機序について研究を行いました。なかでも単球・マクロファージを介する炎症について興味を持ったことがあり、その分野における第一人者であるPeter Libby教授、相川眞範准教授の下に留学させて頂きました。

 留学後、相川研究室の中心的な研究テーマのひとつであるNotchシグナルのマクロファージ活性化ならびに動脈硬化発生・進展における役割に関する仕事を行いました。各種ノックアウトマウスやNotchシグナル阻害抗体を用い、粥状動脈硬化に始まり静脈グラフト硬化、血管傷害後再狭窄等の各種血管病モデルにおけるNotchシグナルの役割について検討を行いました。研究室には日本からだけでなく中国、ドイツ、オランダ等、様々な国のメンバーが在籍しており、2、3年程度で帰国するケースが多かったため頻繁に人が入れ替わっていました。BWHは循環器系の研究室が多く、毎週の様にセミナーが行われハイレベルな発表を聞くことができました。BWHの各研究室からポスドクが1、2人ずつ発表するセミナーが週1回、それから教授、准教授クラスの講師を招いて行われるセミナーが週1回、行われており、自由に参加することが出来ました。

 ボストンの研究環境を日本と比較すると、非常に研究室間の垣根が低く、私もBWHの病理部門やマサチューセッツ工科大学等様々な研究室の方々と共同研究を行いました。自分の研究室内ではできない実験でも近くを探せばどこかにできる研究室が見つかり、また非常に快く協力してくれました。逆に留学し3年目にもなるとポスドクの中では古株になるため、他の研究者に協力して手伝ったり教えたりする機会も増えました。研究室でのカンファレンス等では概してで建設的な議論が行われ、素晴らしい仕事が生まれる素地があると感じました。また、アカデミア以外にも製薬会社やベンチャー企業の研究室も数多く存在しており、ボストンの研究環境は米国の中でも他の都市にはない特殊性があります。

 一方、論文として結果を出すことは、ハーバードの研究室であっても簡単ではないことも実感しました。2、3年と言う期間限定で留学してくる中、その短い期間で一流誌に受理される事は本当に難しく、留学しても論文が受理される前に帰国する人が半数以上はいると言う厳しい現実もあります。以前に比べ様々な試薬や実験機器を購入できるようになり、ある程度の実験はどこにいても出来るようになったことも、投稿数の増加や競争の激化に関係しているように思います。

 また、研究成果を残すことも留学の大きな目的のひとつではありますが、それ以外にも学んだことはたくさんありました。特に相川先生やPeter Libby教授をはじめ、動脈硬化研究におけるトップリーダーたちの考え方や研究室を 運営していく姿を目の当たりにできた点は非常に大きな経験になりました。また、世界の中での日本の状況を、国外から少し客観的に見ることも留学しなければ難しく、自身が日本で研究を続けていく上でも大きな意味があったと感じています。
 
 これから留学される先生方も海外留学を通じ、様々なことを感じられると思いますが、是非、この貴重な機会を 通じて将来につながる有意義な時間をすごして頂ければと思います。