留学体験記

  • 東京大学医学部 呼吸器内科
  • 三谷 明久
  • 留 学 先:インペリアル大学 国立心肺研究所、ロンドン・イギリス
  • 留学期間:2011年~2014年(3年間)
【留学するまで】
 2011年の4月より3年間、ロンドンにあるインペリアル大学の国立心肺研究所に研究留学させて頂きました。思い返してみますと、留学そのものに関しては正直、漠然とした憧れがあるという程度でした。ただ、大学院時代に基礎研究に没頭し、とても充実していた半面、燃え尽きたという気持ちもあり、再び楽しくもつらい研究生活に突入するには、海外生活というオマケが必要だったように思います。大学院卒業後に臨床業務に従事しながら留学先を 検討し始め、最終的には診療科長の紹介で留学先が決定しました。

【留学先について】
 大学のあるケンジントン地区は、ハイドパークの南側に位置し、自然史博物館をはじめとするいくつかの博物館や、夏のクラシック音楽の祭典プロムスで有名なロイヤルアルバートホールなどを有する文化的なエリアです。
研究所の呼吸器部門は、メインキャンパスから徒歩10分くらいの住宅街の真ん中に(その大層な名称とは裏腹に)ひっそりと佇んでいます。景観を守るため、外観に関しては窓枠などを変更することも容易にはできないそうで、まさしく年代ものと呼ぶにふさわしい建物ですが、内部は(有難いことに)とても近代的で快適な空間でした。

 研究室では伊藤一洋先生, Peter Barnes先生のご指導の下、慢性閉塞性肺疾患(COPD)におけるステロイド抵抗性に関する研究を行いました。ステロイドは、強い抗炎症作用を持ち、様々な炎症性疾患の治療薬として用いられています。しかし、COPDの患者さんでは、このステロイドの効果が弱いことが知られており、これがCOPDの治療が難しい原因のひとつとなっています。

 今回の研究では、ステロイド抵抗性獲得の機序にmammalian target of rapamycin (mTOR)が関与しており、
また、COPD患者さんの末梢血単核球にmTOR阻害剤rapamycin(抗老化分子としても知られています)を投与することでステロイド抵抗性が改善する、ということを示すことができました。

【留学にて学んだこと】
 日本と海外の研究室の違いといっても、私の所属した研究室はそれぞれ1つずつだけですし、個人的には、研究 内容や研究室の規模、メンバーの個性の違い以上に大きな違いがあったかというと、それほどではないように感じました。それが分かったのも、ある意味では留学の一つの収穫であったかもしれません。ただ、よく言われるように、欧米の研究者は、研究に関して大きな夢のあるストーリーを語るのが本当に上手だなと感心することしきりでした。

 反面、少し皮肉な見方をすると、個々の不完全なデータや細かい矛盾に囚われないある種の「鈍感力」に長けているともいえます。私はもともと職人的にデータを積み上げるのが好きなタイプですし、英語がつたないために「こうありたい自分」よりも愚鈍にならざるをえなかったので、ますます「職人気質」に磨きがかかったような気がします。

 生活面に関しては、純日本人の私にとっては英語圏で生活することそのものが冒険でした。せっせとウェスタンブロットをする日々も、海外生活によるハイテンションで乗り切れました。特に夏の夜の心地よさには何物にも代えがたいものがありました。公園でジョギングをして、ビールを少し飲んで帰るだけでハッピーになれました。

 ロンドンでの生活で予想外だったのは、現代においてもなお「階級」というものを強く意識させられる機会がとても多かったことです。「文化の多様性を守る」と言えば響きはいいのですが、居住地域や職種などにかなりはっきりと住み分けがあることには驚かされます。逆に、特権階級があるからこそともいえる、素晴らしい芸術・文化の存在には圧倒されました。そうした風土や文化の片鱗を味わうことができたのは、貴重な体験でした。

【おわりに】
 近年、海外への留学者が減っているという話も聞きます。日本の研究室のレベルが世界の研究室と比べて遜色なくなってくれば海外へ行くメリットは減るでしょうし、ビザ取得や経済的な問題も大きいと思います。

 それでも、海外での研究生活が自分を色々な点で成長させてくれたことは否定のしようもなく、若い先生方にも 是非海外留学をキャリアプランの選択肢に加えて頂ければと思います。