第6回製剤研究フォーラム オーガナイザー
橋田 充 (京都大学大学院薬学研究科)

 近年、バイオテクノロジーや遺伝子工学の進歩によって、バイオ医薬品をはじめ新しいタイプの医薬品が多数臨床の場に登場するようになったが、医薬品全体で見れば多数を占めるのは依然として低分子有機化合物であり、汎用されている投与方法は経口投与である。したがって、薬物の体内動態を精密に制御し、治療の最適化を実現することを目的とするDDSの開発においても、薬物消化管吸収の改善は、“古くて新しい”課題として、現在に至るまで、一方で新しい研究の方法論の導入と常にリンクしながら、多くの研究者の関心を集めている。
 現在、薬物動態、DDS研究の展開にバイオテクノロジー(BT)が大きく関わっていることは例を挙げるまでもなく、ナノテクノロジー(NT)に関しても、米国の国家ナノテク戦略(NNI)においてDDSの開発が取り上げられ、また我が国の総合科学技術会議のナノテクノロジー・材料分野推進戦略でも、重点領域としてDDS研究が選ばれ、府省「連携プロジェクト」として、“ナノDDS”をテーマにしたプロジェクトが展開される。これに対し、インフォマティクス、情報科学(IT)については、これまで動態研究やDDSとの繋がりは明確には見えていなかった。
 文部科学省は、平成15年度より産官学が密接に連携する経済活性化のための研究開発プロジェクト(リーディングプロジェクト)として、「細胞・生体シミュレーションプロジェクト」をスタートさせた。本プロジェクトは、ヒトゲノム解析など分子生物学により得られる知識・情報を背景としつつ、直接的には、人体の生物学的機能を分子レベルより上の細胞オルガネラや細胞などの機能単位の集合としてとらえ、各単位における物質動態や生理機能、あるいは各単位間の関連の解析より、人体機能を再現することを目指すものである。すなわち、生命現象のうち物理学的に計測できる側面に注目し、生理学的、薬理学的、動態学的データを情報学的手法と結合させることによって、細胞・生体機能とその制御メカニズムをコンピュータ上に再構築する、換言すると生命体の活動を情報科学を武器に演繹しようとするプロジェクトと位置付けられる。京都大学のプロジェクトでは、筋細胞、分泌細胞、上皮細胞など各種細胞機能に関する生物物理学的シミュレータの開発を目的とし、汎用細胞シミュレーションプラットフォームの構築に向けた取り組みが進められているが、ここでは、薬物吸収のin silico予測など、薬物動態解析にかかわる研究もまた重要なテーマとなっており、将来のDDS開発や薬物動態研究の展開の糸口がここに垣間見られる。
 バイオシミュレーション、システムバイオロジー、フィジオームなど、本領域はいろいろな言葉とともに脚光を浴び、生体のバーチャル構築は、将来の医薬品開発の中核になるサイエンスと期待されている。本フォーラムでは薬物吸収と生体シミュレーションを共通のプラットフォームとして、その最前線を紹介していただく。

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