第5回製剤研究フォーラム オーガナイザー
杉山 雄一(東京大学大学院薬学研究科)

新しい薬物動態研究の世界へようこそ
 
 これまでの医薬品開発において、途中で候補化合物のドロップアウトする理由としては、薬物動態特性の悪さ、そして前臨床、臨床段階での副作用発現が指摘されています。これら特性の最適化が必要とされるのは、リード化合物の最適化過程(lead optimization)です。動態特性においても、近年の進歩により、吸収(A)、分布(D)、代謝(M)、排泄(E)の個々の特性のスクリーニング系が確立されつつあります。これら複数の動態特性から薬効・副作用組織における薬物暴露を予測する方法論、さらには、これら情報を、薬効、副作用のスクリーニング情報と統合するための方法論の開発が必要です。私は、本方論をQIDSM(Quantitative Integrated Drug Selection Method)とよんでいます。例えば、ADMEの各特性をそれぞれのスクリーニング系で測定し、既に測定されている薬効特性値、副作用特性値と統合して臨床試験にあげる候補品を選択する時に、全ての特性値において1位に配置できる化合物はほとんど考えられません。現状はこの選択の過程が非科学的であるといわざるを得ません。このような場合、最優先されるべき薬を選択するには、PK/PDモデルをもとに、定量的な考察をすることが不可欠です。こうした方法論に将来、化合物の化学構造からADMEの個々の特性を予測するIn Silico(Virtual)screeningの手法が連結されてくるものと思われます。膨大な数の化合物ライブラリーの中からHTSの手法で薬効、動態特性の優れた化合物を選んでくる過程は、欧米のBig Pharmaにとっても、経済的に楽なことではなく、今後、In Silico(Virtual)screeningの手法を併用しながら明らかに動態特性の悪いと思われる化合物はライブラリーの中から除くいわゆる“Value added library”の充実が期待されています。このように精選されたライブラリーの中から、精度の良い動態スクリーニング法で真に動態特性の優れた化合物を選択してくることが必要とされる。
 
 今年で第5回を迎える万有製剤研究フォーラムでは、「医薬品探索・開発における薬物動態研究の役割 −物性、トランスポート特性、代謝安定性、相互作用特性の至適化−」というテーマをとりあげました。物性、動態特性の優れた化合物を選択するためにはどのようなスクリーニング系が望まれるのか、また、その結果得られたデータをどのように解釈して優れた化合物を選択しメディシナルケミストにフィードバックするのかなどについて議論をしたいと思います。また、今回は、ラウンドテーブル形式で議論を進めていくことにしました。セッションチェアにそのセッションの意図を簡単に説明してもらった後に、2−3名のパネラーに簡単に議論したいことを提案してもらいます。その後、チェア、パネラー、会場の皆さんの間の議論を中心に進めていこうという新しい試みです。私の意図するところは、特に若い研究者(大学院生を中心)の皆さんに、議論する重要性を知って欲しいということです。欧米は激しい議論をしながら収束をめざしますが、日本ではまだお行儀の良い議論しかされないことが多く、少なくともサイエンスの世界においては好ましいことではありません。若い皆さんには、このような機会を利用して、是非とも議論する重要性、楽しさを知って欲しいと思います。今回、メルク製薬の薬物動態部門の長(Vice president)であるTom Baillie博士に来て頂いて特別講演をしていただくことになりました。医薬品開発において薬物動態研究がいかに重要であるかについてわかりやすくご講演いただけるものと期待しております。
 
 本製剤研究フォーラムが、世界に先駆けた研究を紹介する場となることはもちろんのこと、我が国の医薬品開発の方法論の進歩に貢献するとともに、大学の基礎研究と企業の応用研究の架け橋となればと期待しています。創薬、製剤、薬物動態分野に興味のある学生の方々、また企業の若手研究者の方々など、多くの皆さんの積極的な参加を心より希望しています。

参考書:次世代ゲノム創薬:日本薬学会編 編集代表 杉山雄一 中山書店 2003年

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